THE FORUM 世田谷

村上春樹は武蔵野台地の「水みち」を見たか?【ときのうてな 連“本”第二回 滝澤恭平】

みずみち2

「見えぬけれどもあるんだよ」。詩人・金子みすゞの言葉です。
5/11(土)開催の「ときのうてな」という”連”では、自然界の見えないものを見てみたいという好奇心を、みんなで追求してみたいと思っています。
見えないもの。天から降った水が、地に滲みいり、わたしたちが活動する大地の下にとうとうと流れているもの。それは地下水です。
連”本”第二回は、地下水にまつわる三冊をご紹介しましょう。

村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』という少しマイナーな小説をご存知でしょうか?
この小説の舞台である、見渡す限りの石灰岩の荒野の下には、無数の地下水脈が網の目のように繋がり、「やみくろ」という存在が蠢いています。やみくろは、地下に生き汚水を飲む生物で、東京の地下にあるとされる巨大な巣に生息しています。彼らについて多くは謎に包まれているが、地上の光と対抗する独自の知性や宗教を持ち、東京の地下鉄の発展と共に勢力を広げているとされています。

『ハードボイルド・ワンダーランド』が出版されたのは1985年。バブル時代のフィーバーする都市から見た、地下水という見えないものに対する意識が「やみくろ」の設定に表現されているようにも感じます。
村上春樹はこの小説を書き上げる以前、国分寺に住んでおり、「世界の終わり」として表現された地下水脈が通じる「閉じられた庭」は、日立中央研究所がモデルになったとも言われています。国分寺の日立中央研究所には庭園があり、春と秋に一日だけ公開されます。庭園の池は湧き水が流れ込み、溢れでた水は、四方を囲む高い壁の底をくぐり抜け野川の源流となっています。

研究所の湧水は、武蔵野台地に浸透した雨水が湧きでたものです。実はその多くは東京都西端の高尾山に入った雨水が長い時間をかけて出てきたものと考えられています。
そのスピードは想像を越え、とてもゆっくりで、5年あるいはそれ以上の年数をかけて地下水は武蔵野礫層の中を移動していきます。
野川は多摩川が削った河岸段丘である国分寺崖線というガケに沿って流れ、ガケの下からは「ハケ」と呼ばれる湧水が湧き出し、世田谷の等々力渓谷まで続いています。

国分寺崖線「お鷹のみち」photo kentaro shibuya

国分寺崖線「お鷹のみち」photo kentaro shibuya

武蔵野台地の地下水の状況について丹念に調べた『井戸と水みち』という本が出版されています。武蔵野台地は地表に水がとても少なかったので、ひとびとは、かつて井戸を重宝していました。
特に調布は水がたくさん出るところで、北の深大寺の高台下には湧水を活かした深大寺蕎麦が生まれました。蕎麦は水が命です。東洋現像所などのフィルム工場や大映があったことも水に恵まれていたことが理由であると『井戸と水みち』は述べています。人間の無意識のイメージを扱う産業が地下水の流れとリンクしているのはとても興味深いことと思います。

「水みち」とはかなり大きな地下の水路を想像するかもしれませんが、実はこぶし大ほどの大きさで、せいぜい数10センチほどだそうです。地下の毛細血管のようなイメージですね。井戸で水を汲みつづけたり、水を吸う大きな樹木があると、自然と水みちは太く形成されるとのことです。人間の身体で例えるなら脳内のシナプス形成のようです。繊細な回路なので、下水道や地下鉄工事などで、すぐ切れてしまい、井戸が枯れるということです。

下落合「おとめ山公園」崖下より滲み出す湧水。

下落合「おとめ山公園」崖下より滲み出す湧水。

しかし、ヒトの脳には「可塑性」というフレキシビリティがあり、失われた回路は別の回路で代替されるように、地下に染み入った水みちも途絶えることはありません。障害物を越え、新たな経路を形成するのですが、残念なことに現代の都市インフラ下では、下水にコネクトしてしまうことがあるようです。そうすると貴重な地下水が下水処理場に流れてしまったり、大雨時に河川に流入し、洪水を引き起こしたりします。
わたしたちが住む都市は、つるつるのコンクリートやアスファルトに覆われ、雨水が地下に浸透する土地を無くしてしまいました。同時に地下にいろいろな有害物質を流しています。その結果、地下水が枯れ、汚染が進んでいます。地下世界が「やみくろ」に占拠されてしまうかどうかは、どれほど地下水の存在を見ようとするか、わたしたちの感性にかかっているように思います。

まずはわたしたちの住む地上の世界と地下水が出会う湧水地点を、都心で発見してみるのも、見えないものを見るいいきっかけになるのではないでしょうか。
水べのあるくマップ』は東京の川、湖、池、滝、泉のほとりの54コースを紹介したガイドブックです。これを片手に水べを散歩してみてはいかがでしょうか。ウエットな空気感は、デートスポットとしてもかなりお薦めです。村上春樹が歩いたであろう国分寺の湧水群も紹介されています。

目白台崖下より滲み出す湧水を利用した「江戸川公園」は細川家の庭園だった

目白台崖下より滲み出す湧水を利用した「江戸川公園」は細川家の庭園だった。

THE FORUM Setagayaの庭園には井戸があります。5/11の「ときのうてな」では、水口に花を祀るイベントを行います。世田谷の地下水がどうなっているかについても報告しますので、ぜひお越しください。

◆ ときのうてな第一回 ~水口を祀る~ ◆
日時  5月11日(土) 13時半~17時
場所  THE FORUM 世田谷(サロン)
詳細とお申し込み
【facebook】
http://www.facebook.com/home.php#!/events/150147315158177/
【PeaTiX ※参加費を事前にお支払いいただく必要はありません。お申し込みのみの方は、記載の連絡先まで、ご連絡ください】
http://peatix.com/event/12973

 

~ ときのうてな 連“本”最終回は、和暦研究家・高月美樹さんによるブックチョイス。5月17日(金)の掲載を予定しています。お楽しみに! ~

※『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(村上春樹著/新潮文庫)、『井戸と水みち―地下の環境を守るために』(水みち研究会著/北斗出版)、『多摩 水べのあるくマップ―川・湖・池・滝・泉のほとり54コース』(けやき出版)は、THE FORUMのラウンジに購入予定です。

    

2013.05.08 Wed by 滝澤 恭平 from article

TAG :

Page Top

Copyright © THE FORUM All rights reserved.