THE FORUM 世田谷

#006 ネガティブをポジティブに変える眼鏡師・長坂常さん

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ネガティブをポジティブに変える眼鏡師・長坂常さん

かけているメガネを変えるような感覚で、
世界が美しく、幸せに見えてきたらいい。

―― 長坂さんと言うと、1フラット100万円の予算で行った「Sayama Flat」のリノベーションが、有名ですよね。ありふれた社宅のLDKを解体しながら、キッチンや襖など、既存のパーツをあえて残し、斬新な空間デザインを生み出す手法は、ご自身が“スネオの家”と称して取り組まれた、「奥沢の家」でも存分に発揮されています。
これらのプロジェクトを通して語られていた、「果たして本当に、目の前に見えているものはカッコ悪いのか?」という言葉は、とても印象的だったのですが…。

長坂 いつか、『天パーは天才』って本を、出そうと思っているんだけどね…(弦巻爆笑で中断)
いや、ホントに…。周り見回しても、天パーの人って、やっぱりちょっとひねくれて、と言うか、独特の視点から、世の中を見ている気がするから…。

僕は、アメリカのムーブメントの影響を、思いっきり受けた世代で、映画を観ても、音楽を聴いても、そこには、絵に描いたようなヒーローと、きらびやかな欧米の生活があったんだよね。高校くらいまでは、自分もそうなれるのかなぁ、と思ってたけど…。気付くよねぇ。僕は絶対アイドルにはなれない。髪質もそうだけど、何から何まで…(苦笑) ハリウッド映画の中と、僕の生活は重ならない。じゃあ自分は、どういう生活がいいのか考えた。男としての、カッコ良さも含めて。

後は、やっぱり好奇心で、他の人に見えていない世界の中から、誰より早く美しいものを発見したい、パイオニア的に、誰より先に見たい意識はずっとあったし、今も、そういうものを絶えず探しているのは、あると思う。

―― なるほど。長坂さんの作品を見て、「確かに、これはイイのかもしれない」って気付く感じは、お笑いの人のツッコミに似ているような気がします。お笑いも、突っ込む人がいるから、「これは面白いんだ」って気付くでしょう。

長坂 そうねぇ…。
自分の中から生み出した、完璧で動かないものを発表すると言うより、自分が発見した面白いものを、人にも伝えるくらいのつもりで作ってるから。

白紙から、自分だけの世界を描いてく人もいるでしょ。僕らのいた大学なんかは、そういう人たちが結構大半だった気がするんだけど。でも、一見白紙に見えても、建築だったら、地形があって、特徴があって、人がいる。僕の場合は、無理やりにでもそういう状況を作り上げてから取り組む、って言うのは、あるかもしれない。既存の条件を掘り起こして、ある意味汚してから始めるって言うか。

大学受験の時も、鉛筆の粉を削ってためて、画用紙の上にばらっとこぼして、ぐしゃぐしゃってして、そこに、唾吐いたんだよね(弦巻悲鳴)。唾によって固定したものと、固定されないものの中で、練りゴムを当てながら描いてった。

 八百屋だった歴史を残し、配線、配管が露出したスケルトン空間を“不自由でありながらユニバーサルな条件”ととらえた上で、別の現場の解体後に出てきた古材 を使う、さらなる条件を加えてデザインした「イソップ 青山店」。©Alessio Guarino


アンティークテーブルの凸凹を、色のついたエポキシ樹脂を流し込むことで有機的な模様に変え、実用面でも再生させた「フラット テーブル」は、一見ネガティブな条件を、見方を変えてポジティブに変換させた、長坂さんの代表的な作品。©Jo Nagasaka/schemata Architects

…そうだよね。いま思うと、そんなのいらなかったけど(笑)

山にこもって、一軒一軒、理想の家を作って。僕はもうこの世界観で、私小説みたいなものを発表していれば満足なんです、って言うのでは、そもそもないわけ。既存の価値観を揺さぶって、どれだけ多くの人に影響を与えられるかってことに一番興味があるんであって、物を作って、その証を残していくって言うのは、すごく大事な事だし、結局僕が建築やるっていうのは、そういう事であって…。

もちろんそこには、時間感覚の違いはあるよ。科学者とか学者、建築でも、一世紀スパンで物考えてる人はいると思うし、僕はもしかしたら、建築の割に短いスパンで考えているのかも知れない。だけどそれは、一過性のものを作りたい訳ではなく、アカデミックなところでしか理解されない話はしたくない、って言うのがある。身近なところ、建築やってない人にも通じるようなところで、影響を与えたいんだよね。

日本の、特に東京の場合は、戦後わずか数十年でこう言う形になった訳だし、カオティックな雑然としたこの街に、白紙から描いた作品を出しても、強すぎて浮いちゃう。もちろん、いいものはいいし、時間をかけて馴染むものもあるから、否定する訳ではないけれど。そういうやり方もアリだけど、すでにある街の見方や、考え方を変えて、みんなで新しい価値観に向かっていく方が、街が良くなるし、幸せにもなると思う。

一から全部を作らなくても、人に影響を与える事はできる。価値観を変えて…。かけているメガネを変えるような感覚で、身の回りのものが美しく、幸せに見えてきたら、そっちの方がいいし、僕の場合は、それができたらいいなって、言うことなんだよね。

―― 最後に。
THE FORUMで、長坂さんがやってみたいイベントはありますか?

長坂 建築家の目線で見ちゃうんだけど…。ここで僕の展示をしても、人来ないだろうし(笑)。そういうところ、僕、シビアだからね。
ここを生かすなら、例えば海外のクリエイターに滞在してもらって、ここを拠点に、ワークショップや展示をやったり、絶えず人がいる状況を作れたらいいと思う。2010年の秋に代官山でやった、「LLOVE」の延長に位置づくような企画とかね。

長坂常 | スキーマ建築計画  http://schemata.jp/

※長坂常さんの著書『When B-side becomes A-side(B面がA面に変わるとき)』(ユトレヒト)は、THE FORUMラウンジにて実際にご覧いただけます。

2013.03.21 Thu by 弦巻 響子 from interview

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