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ドラマを通して日韓の行動原理を知る

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今月12日(2013年2月12日)、北朝鮮は核実験を行った。国際社会は非難の声を強めている。

北朝鮮で日本人科学者が開発者となった核爆弾製造の阻止を巡って、日本の警視庁公安部外事課、韓国のインテリジェンス機関であるNIS(国家情報院)、北朝鮮テロリストらの死闘を描いた映画『外事警察 その男に騙されるな』(制作:NHKエンタープライズ)がある。
ウランが北朝鮮に持ち込まれ、日本での震災後の混乱に乗じて、北朝鮮側が東北の研究施設からレーザー点火装置のプログラムを盗んだ。そして、偽装結婚によって日本国籍を取得し、日本にて点火装置やスイッチなどを製造する北朝鮮潜入者があった。
刑事課は核爆弾製造ルートの動きをつかむため、潜入者と家族周辺を洗っていた。捜査の中で、潜入者の妻を「協力者」としてとりこみ、夫の周りを調べさせようとする。外事課チームを率いるのは、住本主任(渡部篤郎)、日本人妻を演じるのは真木よう子だ。

公安側で「協力者」を取り込もうとする担当を「運営者」というが、この映画で注目すべきは、「協力者」と「運営者」の関係性だ。「運営者」はまず「協力者」のことすべてを知らなくてはならない。ターゲットの経歴、趣味、性格が徹底的に調査される。初恋の相手、その理由までも調べろと命令が下る程だ。その後、「運営者」は、「協力者」に近づき、関係を作り始める。金銭を渡すことで断れない関係を作り、仕事を依頼する。仕事をやり遂げれるかどうかは、「協力者」の自主的なコミットメントが必要である。そのため「協力者のすべてを受け入れる」と運営者の杉本は述べる。
杉本は、「協力者」の心をつかむため、相手の感情と行動をつき動かす最も強い情動を引き起こそうとする。ターゲットの日本人妻に対して、スパイの夫に利用されていたという怒り、借金があるという弱み、吃音の子供を見捨てたという罪悪感を認識させるため、杉本は相手の本質を暴く言葉を投げかける。火に油を注ぐように。「協力者」は、自身も意識していなかった己の姿をひきずり出され、抵抗し、危険な任務を遂行する中で、最も守るべきものは何かという問いと向きあい、否応なく選択していく。
映画では、「協力者」の変容を描くと同時に、核爆弾開発阻止を巡る外事警察、韓国NIS、北朝鮮テロリスト、政治家の動きが緊張感を持って描かれる。杉本は「話すことによって分かり合える。それが俺たちのやり方なんだ」と語るが、NISの韓国人要員は有無を言わさず殺害、SWOT制圧などの実力行使に訴える人間で、「お前たちはどこまで甘いんだ」と杉本に返す。このセリフは日韓の危機への対処の違いのみならず、行動原理の違いをも示しているようだ。

映画の原作は、麻生幾の小説『外事警察 CODE:ジャスミン』(日本放送出版協会)だ。麻生幾は綿密な取材に基づいた警察小説の書き手で、ドラマ版の原作『外事警察』(幻冬舎文庫)や、公安部を描いた『ZERO』(幻冬舎文庫)などの読み応えのある作品がある。公安部外事課のOBは「組織の実体を非常によく捉えており、自分たちの活動がやりにくくなる」とインタビューで答えている。

次に、韓国ドラマを紹介する。韓国で視聴率40%を記録したドラマ『ジャイアント』だ。日本でもテレビ東京で放送している。1970年代、後に「漢江(ハンガン)の奇跡」と呼ばれる韓国高度経済成長時代に、一発の銃弾で引き裂かれた家族の物語で、復讐を誓い、運命に翻弄される兄妹の40年に渡った「愛」と「正義」を描く人間ドラマとなっている。
第一回目からいきなり両親が殺され、兄弟三人が生き別れになってしまう。韓国ドラマはすべて「大河ドラマ」方式になっており、連続ドラマの最初数回は主人公の幼い時代の話をするのが定番だ。主人公とその周りの人間がいかなる不幸を背負ったかという描写が、説明過剰なほど繰り返される。この理由は、韓国人の「ハン」という感情にある。「ハン」は漢字で「恨」と書く。

京都大学の韓国思想・文化研究者の小倉紀蔵は『心で知る、韓国』(岩波現代文庫)で「ハン」について次のように述べている。日本語の「うらみ」とは意味が違い、相手に対して抱くものでなく、自己の中で醸すものである。また、「晴らす」ものでなく、「解く」ものである。
「ハン」を成立させている情動とは、理想的な状態、あるべき姿、いるべき場所への「あこがれ」だと小倉は指摘する。この「ハン」の感情を裏側から支えているのは、儒教の考えかたであり、「どんな人でも善性=道徳性を100%持っていて、それを努力して磨いて発揮しさえすれば、社会的に上昇できると考えられている」。それゆえ、韓国は「強烈な上昇志向がバトルを繰り広げる厳しい競争社会」でもあるのだ。
韓国ドラマの主人公たちは、実際には挫折し、そのような場所に立つことができない無念、悲しみの思いを「ハン」として嵩じていくのだ。『ジャイアント』でイ・ボムス演じる主人公ガンモは、孤児から出発して、ヒュンダイをモデルとしたような建設会社の会長まで上り詰める中で、「ハン」を解いていく。

小倉紀蔵の著書として『韓国は一個の哲学である』(講談社学術文庫)がある。韓国社会を貫く思想原理を「理」と「気」の二元論で読み解こうとする本書は、韓国理解のためにお薦めの一冊である。「理」は朱子学に基づく論理、道徳の世界、「気」は宇宙を満たす生命力のような肉体性の世界である。
ここで注意しないとならないのは、韓国の「理」は日本の道徳のような、古くさいものではなくて、まさに社会を動かす現在進行形の闘争原理であることだ。
日本で「文化系」というと草食系のような軟弱なイメージがあるが、理の国で「文化」とは、ひとつ言葉を間違えれば、一族郎党首が飛び、血が流される権力闘争の概念である。小倉は韓国の道徳を日本と対比して「青くさい」と表現する。それゆえ、韓国の「文化世界化戦略」は徹底しており、単に「クールジャパン」といったような経済だけでなく、新帝国主義の時代における「文化の無限闘争」と位置づけられている。

『外事警察』と『ジャイアント』。二つのドラマの演出法を比べると、『外事警察』は淡々としたドキュメンタリータッチの記述の中に、黒澤明のような荘厳なクラシック音楽が挿入されるという方法。『ジャイアント』は泣かせる所ではいつもお決まりの音楽が流れて、メロドラマを盛り上げるという大きな差がある。ある中国人は、韓国ドラマはアップテンポでめまぐるしい展開を見せつけれるが、日本ドラマは人間性の深みを描き、見終わった後に残るという。
ドラマにおいてもまったく異なる思想、行動原理で動く日本と韓国だが、文化、経済において現在の日韓は相互ハイブリッド化が進んでいる。これを述べた小倉の『ハイブリッド化する日韓』(NTT出版)がとても面白い。「かわいい日本」と「主体的韓国」のハイブリッドなど、様々な日韓の相互影響が列挙され、「J×K 2.0」というコンセプトを浮かび上がらせていく。

中国の軍事経済的な覇権主義の台頭、北朝鮮の核保有国化など緊迫した東アジア情勢の中で、韓国と日本は、民主主義、自由競争国家として手を結ぶ所は結ぶべき関係にある。否応なしにハイブリッド化が進む「J×K 2.0」がどのような姿を取っていくのか、日韓の未来を見極めるためにも、お隣の国の思想、世界観の原理を学ぶことは欠かせない。それは、ドラマの登場人物たちを突き動かす情動にまで及んでいる。

今回のブックチョイス:

外事警察 CODE:ジャスミン』(麻生幾 日本放送出版協会)
外事警察』(麻生幾 幻冬舎文庫)
ZERO』(麻生幾 幻冬舎文庫)
心で知る、韓国』(小倉紀蔵 岩波現代文庫)
韓国は一個の哲学である』(小倉紀蔵 講談社学術文庫)
ハイブリッド化する日韓』(小倉紀蔵 NTT出版)

2013.02.21 Thu by 滝澤 恭平 from Books

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